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浦和地方裁判所 昭和35年(モ)264号 判決 1960年10月26日

申請人 昭和電工株式会社

被申請人 昭和電工秩父工場臨時従業員労働組合

主文

申請人被申請人間の昭和三五年(ヨ)第五一号立入禁止等仮処分申請事件について、当裁判所が昭和三五年五月二日にした仮処分決定は、これを認可する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、申請人

主文同旨の判決。

二、被申請人

申請人被申請人間の昭和三五年(ヨ)第五一号立入禁止等仮処分申請事件について、当裁判所が昭和三五年五月二日にした仮処分決定は、これを取消す。

申請人の本件仮処分申請はこれを却下する。

との判決。

第二、申請人の主張

一、申請人は肩書地に本店をおき、資本金九〇億円の総合化学工業会社で、化学肥料、アルミニユーム・フエロクロームその他の合金鉄、電極、研削機、錯酸等の工業薬品その他を生産し、工場は本件秩父工場を含めて十工場あつて全従業員は約一万名である。これらの工場には夫々正従業員(以下本工と略称)と二ケ月の雇傭期間の臨時従業員(以下臨時工と略称)が勤務しているが、本工は全工場を以て単一の労働組合を結成し、鹿瀬、富山、館山を除く本件秩父工場を含む各工場の臨時工は臨時工のみで各工場毎に独立の労働組合を結成した上、その連合体である昭和電工臨時従業員労働組合連合会(以下臨労連と略称)を結成している。

二、申請人の秩父工場は、埼玉県秩父市大字下影森一、五〇五番地にあつて、現在低炭素フエロクローム(以下L・Cと略称)を製造している。その製造方法の概略は次のとおりである。

第一工程、クローム鉱石にコークスを加え、電気炉で還元して第一シリコクローム(以下I・S・Cと略称)を造る。

第二工程、I・S・Cに硅石とコークスを加え電気炉で溶解還元し、硅素分が高く炭素分が非常に低いシリコクローム(以下S・Cと略称)を造る。

第三工程、クローム鉱石とS・Cに石灰を加え電気炉で溶解反応させL・Cを造る。

三、申請人の秩父工場の従業員は、本工は約六〇〇名、臨時工は季節によつて増減するが現在は約一二〇名である。被申請人は秩父工場の臨時工の大半を以て組織されている労働組合で現在の組合員数は百十余名である。申請人と被申請人との間には労働協約は存在せず、申請人の工場、土地、建物で被申請人に使用を許可している部分はない。

四、争議の経緯は次のとおりである。

(一)  申請人は臨時工より二〇名程度を本工に登用することを決め昭和三五年一月二五日(以下、特に「年」の表示のないのは昭和三五年の月日である)被申請人に対しその内容を説明し協力を要請し、その登用方法は「受験資格三五才以下の者、銓衡試験二月三日、採用期日二月一六日」である旨を被申請人に提示した。

(二)  被申請人はこれに対し、一月二七日に突如として臨時工全員の本工登用、年令制限の撤廃、学科試験の撤廃という難題を提出し、次には採用者以外の全員に対する年間雇傭の約束等を相次いで要求し、更に二月一日に至り本年度要求一三項目(年間雇傭、賃上げ等)を追加提出した。申請人はその後三五才の年令制限を撤回し銓衡試験を三月七日まで延期したのであるが、被申請人は三月七日に実施した右試験をボイコツトし、更に三月九日に至り臨時工は二ケ月の雇傭期間であるから停年制はないにも拘らず「就業規則の採用年令制限四五才を五五才の停年とせよ」との要求を提出し、その後も度々交渉を続けて来たところ、三月一八日の交渉に於て、被申請人は「会社は、銓衡試験を受けないときは、従業員採用についての優先銓衡を放棄したものと認めるとの通告を撤回せよ(確認書破棄の撤回)」、「三月七日の試験は無効である」と主張し、申請人がこれを拒否するや、同日一五時五五分突如として同日一六時より二四時間ストを行う通知をなし、五分後の一六時に第一波のストに突入した。このストライキは抜打ストであり、而も当初より計画的になされたものでありその上被申請人はそれに続いてL・C及びS・C炉を不法に占拠した。

(三)  申請人は翌三月一九日、被申請人の抜打スト、L・C並びにS・C炉の不法占拠等の違法行為に対し、その刑事上及び民事上の責任を追述する旨の抗議通告を発したが、被申請人はこれを無視し、同日一六時に四八時間の第二波ストライキに入り、三月二一日一六時には七二時間の第三波ストライキ、三月二四日一六時には二四〇時間の第四波ストライキに入り更に半永久的ストライキとなり現在に至つている。

(四)  この間、申請人は度々被申請人に抗議したが、被申請人は反省するどころか業務妨害を強化した。このような事情で、電気炉や高圧電線は危険な状態となつたので、三月二三日一四時、申請人は被申請人に対して争議状態の解決までロツクアウトを行う旨宣言し、その通告書を被申請人に手交し、併せて右通告を正門前に掲示すると共にロツクアウトに至る経過とロツクアウトの趣旨を説明した声明書を場内掲示板に掲示し、組合員の場内立入禁止と不法占拠者に対する退去を求め工場各門扉の閉鎖、塀の補強、有刺鉄線による柵の構築、各所への「立入禁止」制札の設置等を行い、宣告と同時に完全にロツクアウトの事実行為を完了した。

然るに被申請人はロツクアウトを完全に無視している(五で詳述)。

(五)  而も、被申請人は、争議行為を労使間の問題解決の方法として行うよりも寧ろ争議の為の争議として会社の業務妨害を目的としている点に於て、今回のストライキは目的に於て違法である。

即ち、争議行為は、労働者の経済的地位の向上、労働条件の向上という労働組合法第一条所定の目的達成のために行われるものであるから、ストライキは具体的な経済的要求について労使間に意見の不一致が存することを当然の前提とする。

然るに本件の場合、被申請人は、前記(二)で述べたように諸種の問題を次々に提出又は変更し、又三月一五日の団交に於て年間雇傭以外の要求項目は臨労連よりの統一要求に譲る旨明言しているにも拘らず、臨労連から提出された統一要求書にも年間雇傭が含まれており明らかに二重交渉であるばかりでなく、統一要求書には全員登用などの無暴な要求は含まれていない。

そのため、申請人としては何が当面の問題であるか把握に苦しんでいた間に、突如被申請人はストに突入したのである。

五、本件仮処分の決定(昭和三五年(ヨ)第五一号)が執行されるまでの被申請人の職場占拠の状況は次のとおりである。

(一)  S・C関係の状況

(1) 第二号炉及びその附近

三月一八日S・Cの第二号電炉の周辺にバリケードを構築し、同時にバリケード内側に約二〇名でピケを張り、三月二〇日には電炉の稼働を完全に不可能ならしめるために、電極にバリケードの木材を結びつけ、器物の破壊を企図した。このため、第二号炉は三月一八日午後四時以降完全に稼働を停止し、申請人側から説得に行くためにバリケードに近寄ることは被申請人側の無暴な攻撃のため危険な状態であつた。

(2) 第二電炉室クレーン

三月一八日第二号炉の占拠と同時に、被申請人組合員(以下、組合員と略称)は未だ嘗て組合員に運転させたことのない第二電炉室クレーンを占拠した。このため第二電炉室各炉(三、四、五号炉)の製品(メタル)の取出及び選品が不能となつた。炉内から取出される製品は一、〇〇〇度を超える溶融した金属であるから操業に安定性を欠くウインチにより取出すことは危険ではあるが、止むを得ざる手段として一八日夜応急的にウインチを取付け、これによつて製品の取出を行おうとしたところ、組合員はウインチの吊鋏を奪い取り、これを引きずつて行つた。申請人側がこれを阻止すると、被申請人副組合長の新井金次はウインチの電動スイツチを切つたので、ウインチの使用も不能となつた(三月一九日午前一〇時頃)。

(3) 原料秤量車及びスキツプホイスト

組合員は三月二〇日以来数回に亘りS・C原料の秤量車を鉄線で縛り付け、或は脱線させ原料のS・C炉への投入を妨害したので、申請人側はこれを阻止せんとしたところ組合員から旗竿等で反撃され一部の本工は傷害を受けた。その後、秤量車の妨害はその都度排除して作業を行つているが、三月二四日午前一一時頃、組合員は原料用のスキツプホイストの稼働を停止せしめるべく妨害するなど、原料関係の操業は、絶えず妨害される危険があつた。

(4) S・C調整器室

三月二四日午前一一時頃、被申請人側は、現在の不法占拠箇所の拡大を企図し、S・Cの操業を完全に停止させる目的で屋根伝にS・C調整器室に押入ろうとし、同室東側窓外に打ちつけてあつた貫板を鉄棒で引きはがし、鉄棒でその窓をこじ開けようとしたが、申請人側の必死の阻止により、被申請人はこれを占拠するに至らなかつたが、第二号炉及び第三電炉室に接着しているため、占拠される危険が大きかつた。

(二)  L・C関係の状況

(1) 第三電炉室

三月一八日午後四時から行われた抜打ストの直前から組合員二五名は、第三電炉室附属の調整器室及び休憩室を占拠し、調整器室出入口の梯子を取外し、扉を内側から閉鎖して内部にたてこもつたため、第三電炉室の機態は全く停止した。

三月二四日午前一〇時過、申請人側は組合員に対して携帯メガフオン及びビラによつて同室からの退去を求め、構築された障害物を取除いて操業しようとしたところ、組合員多数はスラツグの破片、粉塵、水等を浴びせかけたので、申請人側は目的を達することができなかつた。

(2) 第四電炉室

三月一八日ストライキ突入後、組合員約二五名は、本工がピーク・カツトのため一時第四電炉室の調整器外に出ていた間隙を狙つて調整器室に闖入しこれを占拠し、梯子を撤去して内側より扉を閉じてたてこもり、そのため第四電炉室の稼働も完全に停止した。

(3) 第五電炉室

第五電炉室(第一七号炉)の調整器室及び休憩室も三月一八日のスト突入後、組合員七乃至八名により第三、第四電炉室同様に占拠された。三月二三日午後二時半から約一五分間に亘り申請人側は第一七号炉の運転のため同室の占有回復を試みた結果、同室占拠中の組合員を一旦正門外に退去させることができたが、同日午後三時五分、同炉の運転を開始するや、午後三時二五分再び約十二、三名の組合員が塀を乗越え、柱によじ登つて構内に闖入し、申請人側によつて連戻される迄、約一時間に亘り座り込みを行つた。同炉はその後、申請人側の厳重な警戒の下で操業した。

(三)  正門及び裏門の状況

ロツクアウトが実施された三月二三日午後四時頃、工場裏門より原料である石灰を搬入しようとした運送業者のトラツクに対して約一〇名の組合員がワイヤーロープで門扉を縛着し、これに旗竿を垂直或は斜めに差込み、門扉の開閉を不能にして、その入場を妨害した。申請人側はワイヤーロープを解こうとし、或は切断しようとしたが、組合員の抵抗のため不成功に終り、運搬車は一旦引上げた。他方、一部組合員は正門前に座り込んで右石灰運搬車の入場を妨害した。工場内へのトラツクの通路は正門及び裏門の二ケ所しかないので、この二ケ所の通行妨害は原料供給を不能にするものである。

更に、組合員は翌二四日にも、正門及び裏門前に旗竿を差し込むなどして、通行阻止の気勢を示した。

(四)  その他の状況

三月二一日午後九時四〇分頃、組合員数名は正門前の照明燈に謄写版インク乃至コールタールを塗布した紙を貼りつけ、三月二三日午後四時一〇分頃組合員は工場裏門に設置した「ロツクアウト期間中立入禁止」の掲示を引き剥がした。

その他、バリケードの構築のためなどに工場施設及び申請人所有の器機、その他を破壊している例は枚挙にいとまがない。

(五)  本件争議行為の手段の違法性

適法なストライキとは、その参加者が労働契約上負担する労務の提供を集団的に拒否することであり、その目的達成のためのピケツテイングも説得の程度に止まるべきである。然るに今回の被申請人のストライキは右の範囲を著しく逸脱し、単なる労務不提供に止らず、(一)ないし(四)で詳述したように、不法占拠・業務妨害・器物毀棄・暴行等を行つているのであるから、被申請人の争議行為は目的のみならず手段に於ても違法である。

申請人は被申請人の単なる労務不提供のストライキを所有権の侵害と主張するのではなく、不法占拠・業務妨害・器物毀棄・暴行等を所有権及び占有権の侵害であると主張するものである。

六、被保全権利及び必要性

(一)  本件仮処分の目的物件は申請人の所有であり、被保全権利は五で述べた事実により侵害されている右物件の所有権及び占有権である。

(二)  被申請人は五で述べたように違法行為を行つているため、申請人会社の僅少な非組合員のみでは広大な工場内の監守及び秩序保持が不可能であり、六万ボルトの特別高圧電流が直結し数千度の高温の電気炉が並んでいる工場では電気炉爆発火災等の危険があり人命財産に不測の損害を及ぼす惧れが大である。而も、本工をして平穏かつ安全に就労せしめ得ないときは、工場の生産量、売上高が著しく減少するのみならず、右生産の減少乃至停止に伴う電力量の消化の減少乃至停止により必要以上に厖大な電力料金の支払額の増大、S・C電炉の破損を招来し、他方製品の納入先に対して成約通りの履行が不可能となるのであつて、申請人の蒙る財産上の損害は到底回復し得ないものである。

尚、本件仮処分決定添附第一図面(ロ)の地域に対しては未だ組合員の立入は見られないが、被申請人が今次ストライキに於て職場占拠を行う方針の下に工場側の隙を狙つては仮処分執行直前に至るまで随時他の未占拠部分を占拠せんとし、既に一部について新な占拠を行つていた事実からすれば、右(ロ)の部分に対する妨害及び侵入の惧れのあつたことは明らかで、この点についても仮処分の必要性がある。

七、よつて、申請人は本件仮処分の申請に及んだのであり、さきにこの申請を容れてなされた主文第一項表示の仮処分決定はこれを認可せらるべきである。

第三、被申請人の答弁及び主張

一、申請人の主張第一項乃至第三項は認める。

二、申請人の主張第四項のうち、

(一)  第一目は認める。

(二)  第二目のうち、採用者以外の年間雇傭の要求の事実、一三項目の追加提出の事実、三月七日の銓衡試験ボイコツトの事実は否認する。本件ストライキが抜打ストであるとの点及び計画的になされたとの点は争う。尚、ストライキ通告は一五時五〇分である。

(三)  第三目のうち、被申請人の争議行為が違法であるとの点は争うが、申請人主張のようなストライキに入つたことは認める。(手段の違法性に対する反駁は次項三で詳述)

(四)  第四目のうち、申請人主張の日時にロツクアウト通告書なる文書を被申請人に送つてよこしたことは認めるが、ロツクアウトの効力は争う。その余の事実は否認する。

即ち、ロツクアウトは事実行為としての作業所閉鎖の措置をとらなければ効力を生じないのであるが、申請人主張のロツクアウトは、単に申請人が被申請人に通告したのみであるから効力を有しない。のみならず、座り込みストを行つている者に対しては、ロツクアウトはできないのであるから事業場について事実上完全な支配を及ぼしていない本件ロツクアウトは無効である。

(五)  第五目は否認する。

即ち、一月二五日に銓衡試験について協力の要請を受けてから、ストライキに入るまで被申請人は数次の団体交渉を経ており、決して抜打にストライキに突入したものではない。而も、申請人は、本件の被申請人との交渉は臨労連の要求とダブつているから、徒に争議のための争議を行つていると主張するが、この点については三月一一、一二日の両日開かれた第四回臨労連臨時大会に於て秩父の特殊性に鑑み、年間雇傭停年制の問題については、被申請人が独自で闘う旨の大会決定をみたのであるから、右の問題が被申請人と申請人との間で団体交渉の対象となるのは当然であつて、何ら矛盾するものでも重複するものでもない。

又、「確認書」というのは、昭和三四年五月二一日に申請人と被申請人との団体交渉の結果取交わされたものであつて、賃銀等に関する条件の他に、年間雇傭については昭和三四年四月一日から三五年六月三〇日まで臨時工全員を継続して雇傭し、同年一〇月までは三ケ月継続乃至断続で雇傭することとなつていた。そして、被申請人と申請人との間には従来労働協約がなかつたので右確認書が実質的には労働協約になつていたのである。三月七日、銓衡試験を受けないときは従業員採用についての優先銓衡を放棄したものと認めるとの通告により右確認書を申請人が破毀したのでその撤回を求めたのである。

被申請人は、年間雇傭、停年制、確認書破毀の撤回、試験の無効について交渉したが、申請人は何ら誠意ある態度を示さなかつたので、交渉が決裂したのであつて、被申請人はストライキによつて要求を貫徹する外はないと考え、止むを得ずストライキに入つたのであつて、争議のための争議をしているのではない。

三、申請人の主張第五項について

(一)  S・C関係の状況

(1) 第二号炉及びその附近 三月一八日からストのため第二電炉が操業を停止している事実は認めるが、その余の事実は全て争う。

(2) 第二電炉室クレーン クレーンが操業を止めている事実は認めるがその余の事実は全て争う。

(3) 原料秤量車及びスキツプホイスト 全て争う。

(4) S・C調整器室 全て争う。

(二)  L・C関係の状況

(1) 第三電炉室 第三電炉の操業が停止している事実は認めるが、その余の事実は全て否認する。

(2) 第四電炉室 第四電炉の操業が停止している事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 第五電炉室 第五電炉が申請人によつて操業されていることは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  正門及び裏門の状況 全て否認する。

(四)  その他の状況 全て否認する。

(五)  本件争議行為の手段の違法性の主張について

被申請人がストライキに入る迄には、同一問題をめぐつて三ケ月に亘る団体交渉の経緯があるのであつて、ストライキの目的は臨時工にとつて最も深刻な問題である年間雇傭の要求が中心である。何の争もないにも拘らず争議を行うことは固より争議権の濫用として許されないところであるが、本件のように労使の主張が衝突しその解決のためにストライキ権を行使することは、組合としての当然の権利行使である。労働協約によつて一定の冷却期間が定められていれば格別、労働協約の定めのない本件においては、団体交渉決裂後一定の期間を置かずにストライキに入ることが違法となるべき何らの理由もない。又、ストライキ権を何時如何なる方法でどの位の期間に亘り行使するかは、全く組合の自由に決し得べき事柄であつて、これらの権利行使に対して予め使用者の利益を考慮しなければならないとするならばストライキ権は全く無意味となる。本件のストライキは全く合法である。

(六)  ストライキ実施後の状況について、申請人の主張には事実の誇張や事実に反する点があるので、以上の認否の他に次の事実を主張する。

(1) 申請人は、被申請人乃至は組合員が、職場を不法占拠している旨主張しているが、これは全く事実の無理解に基くものである。組合員は、スト突入後就労を放棄し、スキヤツブその他のスト破りにより、ストライキ権の行使が妨害されるのを防ぐため、職場においてその体勢を確立した。本工その他の者の就労を排除してかような体勢に入つたのではない。職場の安全は完全に保持され、保安上の危険は何ら存しない。

(2) 右のように平静のうちにストライキが進行していたところ三月二二日午後二時半頃突然、堀秩父工場長、本田電気工営課長以下数名の会社の職制が、一五ポンドハンマー・バール等を携えて、ストライキ中の臨時工に対し殴り込みをかけ、その結果、ガラス板等を破壊し、中にいた三〇名に上る従業員に対し全治三日から一週間の切傷や打撲傷を負わせる事件が発生した。

四、被保全権利及び必要性について

(一)  申請人は、本件の被保全権利は所有権並びに占有権に基く妨害排除請求権であると主張する。然し、労働基本権との関連から、所有権或は占有権の行使が或る程度の制約を受けることは止むを得ない。本件のストが目的、手段において合法であることは、しばしば述べたところであつて、本件の申請は正に、争議権の行使を妨害するために提出したものであつて、明らかに所有権、占有権に名を借りた権利の濫用である。

(二)  本件ストライキは既に述べた如く、全く冷静に行われ、当初は申請人側の暴力行使等遺憾な事実も多少あつたが、その後は全く平穏裡に行われている。確かに一部の電炉の操業は停止しており、生産は止つているが、これは争議行為の当然の結果である。申請人が、一部の事業上の一部の電炉の停止により、会社全体の事業運営に根本的な変革を来す程重大なものでないことは言うまでもない。又、ストライキ中の組合員が業務の妨害、器物棄毀等の違法行為を行う可能性は全くないから、保全の必要性は全くない。

五、よつて、本件仮処分申請は理由がないのでこれが却下を求める次第であるが、さきに右申請を容れてなされた主文第一項表示の仮処分決定の取消をも求める次第である。

第四、右の主張に対する申請人の反駁

第三の三の(六)の事実は何れも否認する。バリケードが構築されていることは隠れもない事実で、これを三月二二日以降の殴り込みなるものの防止の為作成したとの主張は、事の前後を顛倒したもので事実を歪曲したものである。

尚、第三の二の(五)における確認書については、確認書の条項の内容如何によつては労働協約の作用を営んでいたこと、昭和三四年五月二一日付の「確認書」が取り交わされたことは認めるが、被申請人の要求した年間雇傭の要求は右確認書の内容(疎甲第二三号証の二)とは異り、雇傭期間を一年とする契約である。

この点に関する被申請人の主張は事実を歪曲するものである。

第五、疎明<省略>

理由

一、申請人が資本金九〇億円の総合化学工業会社であり、全国に一〇工場を有し、本工と臨時工は別々に労働組合を結成しており、秩父工場はL・Cを生産しておりその製造工程は三工程から成り立つており、秩父工場の臨時工は季節によつて増減するが現在は約一二〇名であり、現在の組合員数は百十余名であり、申請人被申請人間には労働協約がなく、申請人の工場、土地、建物で被申請人に使用を許可している部分のないことについては、当事者間に争がない。

二、争議の経緯

(一)  申請人が臨時工より二〇名程度を本工に登用することを決め、一月二五日被申請人に対しその内容を説明し協力を要請し、その登用方法は「受験資格三五才以下の者、銓衡試験二月三日、採用期日二月一六日」である旨を被申請人に提示したことは当事者間に争がない。

(二)  その後の団体交渉の経過の詳細については当事者間の主張に若干の差異があるが、三月七日に銓衝試験が実施されたため、被申請人は申請人に対し年間雇傭の要求の他に右試験の無効を要求し、三月一八日に団体交渉が決裂するや、同日午後四時に第一波の二四時間ストライキに突入し、翌三月一九日には四八時間のストライキ、更に二一日には七二時間、二四日には二四〇時間のストライキに入り、その後も半永久的なストライキを続けて現在に至つたことは当事者間に争がない。

三、本件仮処分の決定(昭和三五年(ヨ)第五一号)が執行されるまでの被申請人の職場占拠の状況は次のとおりであつたと認められる。

(一)  S・C関係の状況

(1)  第二号炉及びその附近

当時の現場写真であることにつき争のない疎甲第一〇号証の一ないし七、四〇、四一、及び証人白石弘道の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一八号証の一及び証人白石弘道の証言によれば、三月一八日、組合員はS・C第二号電炉の周辺に工場内の器材を利用してバリケードを構築し組合員約二〇名がその中に立てこもり、その後組合員は更にバリケードを強固にし電極に木材を結びつけたこと、申請人側が説得に行つても組合員の抵抗のために近寄ることが困難であつたことが認められる。右の第二号電炉が三月一八日以来操業を停止していることは当事者間に争がない。

(2)  第二電炉室クレーン

当時の現場写真であることにつき争のない疎甲第一〇号証の八ないし一七及び証人白石弘道の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一八号証の一及び証人白石弘道、同笠原保孝(措信しない部分を除く)の各証言によれば、組合員は三月一八日第二号電炉の占拠と同時にS・C炉の製品の取出及び選品のために使用する五屯クレーンを占拠したこと、このため第二電炉室各炉(三、四、五号炉)の製品の取出及び選品が不可能となつたこと、高温の製品の取出にウインチを使用することは危険であるが応急手段として一八日夜ウインチを設置し、一九日これによつて製品の取出を行おうとしたところ、組合員はウインチの吊鋏を奪い取り引きずつて行つたこと、申請人側がこれを制止すると被申請人副組合長新井金次はウインチの電動スイツチを切つたことが認められる。

(3)  原料秤量車及びスキツプホイスト

当時の現場写真であることにつき争のない疎甲第一〇号証の四二ないし四八及び証人白石弘道の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一八号証の一及び証人白石弘道の証言によれば、組合員は三月二〇日以来数回に亘りS・C原料の秤量車を鉄線で縛り付け、或は脱線させ、原料のS・C炉への投入を妨害したので、申請人側はこれを阻止せんとしたところ組合員から旗竿などで反撃され、本工の一部には傷害者が出たこと、三月二四日には組合員が原料用のスキツプホイストの稼働を止めようとしたことが認められる。

(4)  S・C調整器室

証人白石弘道の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一八号証の一、証人白石弘道の証言によれば、三月二四日午前一一時頃、組合員は屋根伝にやつて来てS・C調整器室の東側窓外に打ちつけてあつた貫板を鉄棒で引きはがし更に鉄棒で窓をこぢ開けようとしたが、申請人側の阻止により被申請人側による占拠を免れたことが認められる。

(二)  L・C関係の状況

(1)  第三電炉室

当時の現場写真であることにつき争のない疎甲第一〇号証の一八ないし二〇、四九ないし五五、証人白石弘道の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一八号証の一、証人白石弘道、同笠原保孝(ピケに突入したとの点)の各証言によれば、三月一八日ストライキの直前から組合員約二五名は第三電炉室附属の調整器室及び休憩室を占拠し、調整器室出入口の梯子を取外し、鉄の丸棒をわたして扉を内側から閉鎖して内部に立てこもり、三月二四日午前一〇時過、申請人側が立退を勧告し、調整器室に近ずくと、組合員は屋根の上から、スラツグの破片を投げつけたり、シヤベルで粉塵を浴びせかけ、或は室内から水を浴びせかけたので申請人側は目的を達しなかつたことが認められる。尚、第三電炉室の操業が停止していることは当事者間に争がない。

(2)  第四電炉室

当時の現場写真であることにつき争のない疎甲第一〇号証の二一ないし二四、五七ないし六〇、証人白石弘道の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一八号証の一、二及び証人白石弘道の証言によれば、三月一八日ストライキ突入後、組合員約二五名は、調整器室に闖入し、梯子を撤去して内側より閉じてたてこもり、三月二七日午後三時半頃、申請人側が退去の勧告に行つたところ組合員は、調整器室屋上に集結し、予め準備した鉄板、トタン板、板、水、マグネシヤ、粉塵等を一斉に投げつけ、或は扉の隙間から棒で突きかかつたりしたため、申請人側は目的を達しなかつたことが認められる。尚、第四電炉室の操業が停止していることも当事者間に争はない。

(3)  第五電炉室

当時の現場写真であることにつき争のない疎甲第一〇号証の二五ないし三一、証人白石弘道の証言により真正に成立したものと認められる疎甲第一八号証の一によれば、第五電炉室の調整器室及び休憩室も三月一八日のスト突入直後、組合員七、八名により占拠されたこと、三月二三日午後二時半から申請人側の努力により同室占拠中の組合員を一旦正門外に退去させることができたが、同室の操業が始まるや十二、三名の組合員が塀を乗越え、柱によじ登つて同室に再び闖入し約一時間の後、ようやく退去させることができたことが認められる。

(三)  正門及び裏門の状況

当時の現場写真であることにつき争のない疎甲第一〇号証の三六ないし三九、証人白石弘道の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一八号証の一によれば、三月二三日午後四時頃、工場裏門より原料である石灰を搬入しようとした運送業者のトラツクに対して、約一〇名の組合員が裏門の扉をワイヤーロープで縛りつけ、これに旗竿を垂直或は斜めに差込み、門扉の開閉を不能にしてその入場を妨害したこと、申請人側がワイヤーロープを解こうとしたり切断しようとすると阿部執行委員は殴る蹴るの暴行を加えてこれを妨害したために結局トラツクは工場へ入ることができなかつたこと、又正門前も組合員の座り込みのために入門できなかつたこと、が認められる。

(四)  その他の状況

当時の現場写真であることにつき争のない疎甲第一〇号証の五六及び証人白石弘道の証言により真正に成立したものと認められる疎甲第一八号証の一によれば、三月二三日午後四時一〇分頃組合員は工場裏門に設置した「ロツクアウト期間中立入禁止」の掲示を引き剥したことが認められる。

(五)  前述のように、被申請人が現実に占拠しているのは、S・C関係では第二号炉及び第二電炉室クレーン、L・C関係では第三、第四電炉室であるが、その他の部面において幾多の妨害行為を行つており、証人森文彦の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一六号証の二、証人白石弘道の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一八号証の一、及び証人森文彦、同白石弘道の各証言によれば、申請人の秩父工場全域に亘つて被申請人は機会をとらえては業務の妨害をする危険性があつたことが一応認められるのである。

四、右の事実が果して正当なストライキ権の範囲内に止まるものであるか否かについて按ずるに、ストライキそれ自体は集団的な労務提供の停止であつて本来消極的な性格のものであるから、争議権が認められている以上、単なる労務不提供が正当な争議権の行使であることは当然であるが、ストライキを実効あらしめるためのピケツテイングは、極力説得することよつて就業を阻止することを以て限界と解すべきであり、その範囲を逸脱した職場占拠、出荷入荷の阻止、器物毀棄、暴行等は違法というべきであるところ、前頃掲記の被申請人組合員の所為は、職場占拠、入荷阻止、暴行等に該当するのであるから、争議行為の目的やロツクアウトの効力について判断するまでもなく、争議行為の手段態様において違法である。

五、本件仮処分の目的物件が何れも申請人所有であることは被申請人が明らかに争わないところであるから、申請人は所有権に基き原決定添付第二図面二の(イ)・(ロ)・(ハ)の1・(ハ)の2の部分については被申請人の妨害行為を排除する本案の権利を有するものと認められ、その余の部分については被申請人の妨害行為を予防する本案の権利を有するものと認められる。

六、そこで本件仮処分の必要性について按ずるに、証人牧野栄二の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第二二号証証人森文彦の証言によつて真正に成立したものと認められる疎甲第一六号証の二、及び証人森文彦の証言によれば、当時の争議状態が継続すれば、本工がフルに稼働できないために一日当りL・Cの減産量は三四屯でその販売価額は五、三七二、〇〇〇円であり、L・Cは需要家別に特殊規格があつて早急の代替は困難であり需要家に対する安定した販路とその信用を失うおそれがあること、関連産業に重大な影響を与え需要家の国際信用を失墜させるおそれがあること、生産量は減少しても一定量の電気料金を支払わなければならないため莫大な損害を蒙ることが認められ、これらの事情を考え合せると、争議状態の継続は申請人に重大な損害を与えるものと認め得る。

七、結論

よつて、申請人の本件仮処分申請を認容して立入禁止等を命じた本件仮処分決定は相当であるから、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡岩雄 田中加藤男 篠田省二)

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